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川村信子の転落 〜バブル崩壊と狂牛病騒動〜

この時、時代の暗い影が忍び寄っていた。

あれほど頻繁に店を訪れてくれていたのに、
もう通えないと立ち去った官僚の常連客…。

実は1996年当時、
ある大物官僚の汚職事件が発覚。
官僚の金を巡る規制が叫ばれ、接待にも経費が使われなくなり始めていた。

「事件のあおりで銀座バブルはきっとはじける」

そう感じた信子は、
銀座での成功にまたもやあっさりと終止符を打ち、
大阪へ帰って焼肉屋を開業。

1999年、47歳の時、大阪府高槻市に、
「炭火焼肉かうかう倶楽部」をオープン。

信子はこれまで培った接客術で店を切り盛りし、
「炭火焼肉かうかう倶楽部」もすぐに大成功。

次々に店舗を増やし、2年後には4件目をオープン。

ところが、またしても予想外のトラブルが…。

2001年秋に、千葉県でBSEの疑いのある牛が見つかったと農水省が発表。
いわゆる狂牛病騒動が起きたのであった。

すると店に経営は一転。
あれほど多かった客足は一気に途絶えてしまった。

こうして経営難から、4店舗あった焼肉店はたった1つに縮小。

気がつけば借金は3000万円もあった。

銀座時代から苦楽を共にし、
川村信子をみてきた夫・幸治さんは、当時ついてこう語る。

川村幸治
「今まで川村信子っていったら銀座では絶対的存在で。
焼肉店を一緒にやり始めて、初めて無敵の川村信子にもこういうピンチが、と。
やっぱりこのままでは会社がもう全然成立しなくなる、
資金繰りとかも大変でしたので…」

そんな信子に追い打ちをかけるようにさらなる苦難が…。

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