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マダムシンコ 川村信子の生い立ち

川村信子の父は、16歳で来日した韓国人。
同じ韓国人である母と結婚し、川村信子を含む5人のこどもを授かる。

この韓国人の両親の元、信子は在日2世として生まれる。

父は出稼ぎで大阪へ出ていたため、
母が女手ひとつで子どもたちを育てる生活だった。

その母は、
豚の餌として残飯を料亭などから貰い受け養豚場へ運び、幼い子どもたちを育てた。

幼い頃はとても貧しい生活だったという。

川村信子
「毎日服はぼろぼろでねぇ。
食べるものなんて本当に缶々から出してその中からよって、お母さんが切ってくれて、
なぜいつもこんなグチャグチャとしたモノばかり食べるのかと。
分かるじゃないですか、半分腐ってるっていうのを。そういうばっかり食べてましたから」

そんな中、当時の一番の楽しみは、母が時折作ってくれる甘いホットケーキ。

このホットケーキが信子にとってなによりのご馳走だった。

川村信子
「なんとも言えない味の…、
マーガリンを上に乗せてくれてメイプルつけてくれて、本当に金持ちになったような味。
あの味が忘れられへんのです。

信子が10歳の時、家族は父の働く兵庫県尼崎市に移り住む。

そこで転校生の信子を待っていたのは、
在日韓国人であることを理由とした容赦のないイジメ。

もちろん幼い女の子が傷つかないわけもなく、
イジメられたことを、兄・典男に報告。

すると兄は、
「信子は強い子やろ。負けたらあかんて」

兄に言われた「負けたらあかん」。

この兄の言葉が信子を強くした。

川村信子
「お兄ちゃんはね、陰なり日向なりね、私のことをずっと守ってくれはってんけどね。
常に私の横には兄がいました」

「絶対に負けない」

そう思うようになった信子は、その後イジメっ子にコンパスでやり返すような
強い性格になったという。

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